東京地方裁判所 平成10年(ワ)14786号 判決
原告 高橋祐希
右法定代理人親権者母 高橋みどり
右訴訟代理人弁護士 嶋田貴文
被告 江戸川区
右代表者区長 多田正見
右指定代理人 原田憲治
同 松井克之
同 小山巳芸
同 鈴木宏志
同 宮山孝夫
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 被告は、原告に対し、金九七七万三三四八円及びこれに対する平成九年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の予備的請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三〇四四万四二二三円及びこれに対する平成九年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、平成九年三月一一日当時、一二歳で小学校六年生の児童であった。
(二) 被告は、江戸川区立葛西児童センター(以下「本件児童センター」という。)を設置管理する地方公共団体である。
2 事故の発生
原告は、平成九年三月一一日午後三時ころ、四ないし五名の友人とともに、本件児童センター二階の集会室に設置してあるトランポリン(以下「本件トランポリン」という。)で跳ぶなどの遊戯をし、本件トランポリンから降りる際に、友人の頭につかまって跳び降りようとしたが、跳びすぎて、本件トランポリンの周囲に敷いてあるマットの端まで跳んでしまい、かつ、その友人を避けようとしてバランスを崩し、体を捻って落下し、上半身がマットから外れ、右肘を木製の床に突き、右上腕骨顆上骨折、右肘関節脱臼の傷害を負うという事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
3 責任原因
(一) 国家賠償法二条一項(主位的請求)
本件児童センターは、被告の設置管理にかかる公の営造物であり、その集会室内には二台のトランポリンが設置されていたが、トランポリンは、地面より高い平面から高く眺び上がって遊戯し、その遊戯には回転等を行うこともあるため、トランポリンから降りる際には常に足から着地するとは限らず、頭部から着地する危険を常に含んでおり、しかも、本件児童センターにおいては過去にトランポリンの使用による事故が発生していた。したがって、被告は、トランポリンからの落下事故の発生を防止するため、トランポリンから降りることが可能な範囲でマットを敷くなどの防護器具を設置し、かつ、本件児童センターの館長、指導員らをして児童の指導監督をさせる義務があったというべきである。しかし、被告は、本件児童センターを児童に自由に立ち入り使用させる管理状況のもと、本件トランポリンを含む二台のトランポリンについては、事故防止策として各トランポリンの四方にマットを一重に敷くのみで、トランポリンからの落ち方によっては容易に木製の床に叩きつけられる設置状況に置き、また、児童に対してトランポリンの使用方法について何ら指示注意を与えず、乗り降りは一人ずつとの注意書きのある一枚の紙を掲示する程度の管理状況であった。
よって、被告は、本件トランポリンについて右の事故防止策をとらなかったから、その設置管理に瑕疵があり、国家賠償法二条一項により、原告の損害を賠償する義務がある。
(二) 国家賠償法一条一項(予備的請求)
本件児童センターのごとき課外活動の施設においては、小学校のように生徒の心身の発達状況を把握することのできる担任教師が存在しないのであるから、その施設指導員らには、児童の活動にあたり常時立会監視して細心の注意をもって事故発生を回避すべき注意義務、施設利用者に対する安全配慮義務がある。
そして、トランポリンには右(一)のごとき危険性が存在するのであるから、被告は、本件児童センターの指導員に対し、トランポリンの安全な使用に関する教育を十全に施すべきであったのに、かかる安全教育義務を怠った過失がある。また、本件児童センターの指導員ら及び館長は、トランポリンの危険性からして、児童が事故にあわないよう万全の注意を払って指導監督すべき注意義務があり、日頃から中学生がトランポリンで回転、跳び降り等危険な遊戯を頻繁に行っていることを認識しながら、本件事故時にトランポリンの付近におらず、トランポリンの使用に関し何ら注意を与えないなど、指導監督を怠った過失がある。
よって、被告は、国家賠償法一条一項により、原告の損害を賠償する義務がある。
4 原告の治療経過
原告は、本件事故当日に森山病院に救急車で搬送され、同月一三日に都立墨東病院に転院し、翌一四日から同月二二日までの九日間、同病院に入院して手術し、同月二三日から同年六月二六日までの間、同病院に通院し(実通院日数一〇日間)、治療を受けた。
5 損害 合計三〇四四万四二二三円
(一) 入院雑費
一日一三〇〇円の九日分 一万一七〇〇円
(二) 入院付添費
一日六〇〇〇円の九日分 五万四〇〇〇円
(三) 交通費
一回四〇〇円の二〇回分(実費) 八〇〇〇円
(四) 通院付添費 三万三〇〇〇円
原告は、バスの吊り輪につかまるなどの右腕の使用が不可能であり、親の付き添いを要した。右は、一回三〇〇〇円の一一回分の金額である。
(五) 入通院慰謝料 八〇万円
(六) 逸失利益 二四六八万七五二三円
原告は、右肘関節変形という後遺症を被り、船堀駅前整形外科内科により、肘関節の変形及び可動域の制限ありとの所見で、身体障害者福祉法第一五条三項の判断として、六級相当に該当するとの意見を得た。
この原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表「後遺障害等級表」によると、第一二級六号(一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)及び同級八号(長管骨に奇形を残すもの)に該当するので、原告の後遺障害は第一一級になる。この場合の労働能力喪失率は、二〇パーセントである。また、原告は大学進学を予定しており、大卒男子の平均賃金(平成八年)は六八〇万九六〇〇円である。一二歳から六七歳までの五五年に対応する新ホフマン係数は二六・〇七二であり、一二歳から二二歳までの一〇年に対応する新ホフマン係数は七・九四五であるから、原告に適用する新ホフマン係数は一八・一二七である。したがって、逸失利益は、六八〇万九六〇〇円×〇・二×一八・一二七で、二四六八万七五二三円(円未満切捨て)となる。
(七) 後遺症慰謝料 三三一万円
原告は、後遺症により、利き腕である右腕の使用がほとんど不可能となり、右腕に負担のかかる仕事に就けず、日常生活に不都合があることを考慮すると、第一一級の後遺症慰謝料として相当な金額である。
(八) 弁護士費用 一五四万円
右弁護士費用は、本件事故と相当因果関係にある損害である。
6 よって、原告は、被告に対し、主位的に国家賠償法二条一項、予備的に同法一条一項に基づく損害賠償として、金三〇四四万四二二三円及び事故の日である平成九年三月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、原告が、平成九年三月一一日午後三時ころから、友人とともに本件トランポリンで遊んでいたこと、トランポリンから降りようとしてバランスを崩して落下し、右肘関節部分に怪我をしたことは認めるが、原告がトランポリンから降りる際に友人を避けて降りたこと及び上半身がマットから外れ右肘を木製の床に突いたことは否認し、その余は知らない。
本件事故は、右同日午後四時半ころ、原告が、本件トランポリンで跳ぶ遊戯を終え、これから降りる際に、トランポリンの脇に立って順番を待っていた児童の鯉沼の頭に右手をかけようとしたところ、これを避けられたため、バランスを崩してトランポリンの周囲のマットの上に右手から落下して、発生したものである。
3 同3(一)のうち、本件児童センターは、利用者が自由に立ち入り使用できること、集会室内に二台のトランポリンが設置され、その四方にマットが一重に敷かれていること及び乗り降りは一人ずつとの注意書きが掲示されていたことは認めるが、その余の主張は争う。
被告が設置していた本件トランポリンは、高さ九〇センチメートルであるが、遊具の中にはジャングルジムなどこれより地上高の高い遊具は数多く存在し、特に危険な高さではないし、被告は、児童が本件トランポリンから転落しても木製のフロアに直接叩きつけられることのないように、トランポリンの周囲に、幅一二〇センチメートル、長さ六メートル、厚さ約五センチメートルと幅一五〇センチメートル、長さ三メートル、厚さ約五センチメートルのスポンジ製のマットを敷き詰めていた。また、被告は、本件トランポリンで遊ぶことのできる児童を、午後三時から四時を除いて、小学校四年生以上とする決まりを作り、本件トランポリンの脇の柱には注意書きを掲示して、二人乗り、跳び降り、膝つき以外の回転を禁止し、初めてトランポリンで遊ぶ児童に対しては指導員がその注意事項を話して理解させ、禁止事項を守らないで遊ぶ児童に対しては指導員が直ちに注意を与え、約束を守らせていたものである。しかも、トランポリンは、跳躍運動を通じて、子供の跳びたいという本能的願望やスリル感を満たしながら、身体の平衡性、巧緻性、敏捷性を養い、全身持久力や心肺機能等の基礎体力の向上に資する運動器具であることからすれば、被告は、利用者にその遊び方に応じた相応の注意を期待して相当な防護措置を講ずれば足りるのであり、あらゆる事態を想定して防護措置を講ずる義務はない。よって、被告は、本件トランポリンの周囲にマットを施し、その遊戯上の注意事項を掲示するとともに、指導員を遊戯室内に配置するなどの相当な措置をとっているので、その設置管理に瑕疵はないというべきである。
4 同3(二)の主張は争う。
本件事故は突発的、偶発的な出来事であり、指導員らに予見可能性、回避可能性がなかったものである。すなわち、指導員の田中仁恵は、本件事故が発生するまで、他人の頭を支えにしてトランポリンから降りる児童を見たことがなかったのであるから、本件事故を予見することは不可能であり、かつ、本件事故は、原告が跳躍を終え、トランポリンから降りる瞬間に発生したもので、田中は、遊戯室内で遊んでいる約二〇名の児童を監視していたのであるから、トランポリンから降りる際の原告の行為を未然に制止することは不可能である。
また、指導員は、児童に対して、遊びの指導をするほか、児童の安全を確保するため、児童を監視して危険な行為には注意を与え、注意を守らない場合には遊具の使用を制限、禁止するなど、日頃から指導監督を尽くしていたものである。しかも、遊戯室における遊戯は、児童らが自由に出入りして、多数の児童と一緒になって、約束事を守り自主的に遊ぶことを前提としている。児童は、遊戯に参加することによって、それから生ずるかもしれない危険を予知し、それを回避する能力や知恵を身につけ、団体生活等を営んでいく上での約束や規則の重要性を体得していくのである。よって、被告は、児童に対し、通常予見される危険については予め指示や注意をし、事故の発生を未然に防止する義務を負うものの、指導員を常時立ち会わせ、児童の行動を監視し、危険な行為に出ないように注意するまでの義務は負わないものである。
5 同4のうち、原告が森山病院に救急車で搬送され、墨東病院に転院したことは認めるが、その余は知らない。
6 同5は、不知ないし争う。
三 抗弁(過失相殺)
仮に、被告に本件トランポリンの設置管理に瑕疵があり、あるいは被告の職員に何らかの過失が認められるとしても、本件事故には、次のとおり、原告の重大な過失が寄与している。すなわち、原告は、本件事故当時、小学校六年生で、本件児童センターの遊具の安全な利用方法について十分に理解できる年齢であり、しかも本件トランポリンを頻繁に利用し、その際に跳び降り等禁止されている方法で遊戯して、指導員から注意を受け、トランポリンの利用につき危険のない行動をするよう注意指導されていたにもかかわらず、相手の挙動を確かめることなく、安易に、順番待ちをしている友人の頭に手をかけてトランポリンから降りるという無謀な行為に出たものであり、本件事故は、かかる原告の行為が招いたものであるから、賠償額の算定にあたっては、原告の過失を斟酌すべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁のうち、原告が本件トランポリンを頻繁に利用していたこと及び指導員からトランポリンの利用につき注意を受けたことは否認し、その余の主張は争う。
理由
一 請求原因1(当事者)は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(事故の発生)、3(責任原因)について
1 請求原因2のうち、原告が、平成九年三月一一日、友人とともに、トランポリンで遊び、これから降りようとした際にバランスを崩して落下したこと、同3(一)のうち、本件児童センターは立ち入り自由で、集会室内にある二台のトランポリンの四方にマットが一重に敷かれ、乗り降りは一人ずつとの注意書きが掲示されていたことは、当事者間に争いがない。
2 右争いがない事実並びに証拠(甲一ないし四、六、七、八の1ないし3、九、一一、一四、乙一の1ないし7、二ないし四、証人小野瀬美香、同田中仁恵、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件児童センターは、被告により設置され、児童館施設、心身障害児育成施設及び学童クラブが設けられている。児童館は、児童福祉法四〇条に定められている児童厚生施設の一つで、児童に健全な遊びを与えて、その健康を増進し、又は情操を豊かにすることを目的とする施設である。児童館は、開館時間中は利用者が自由に出入りして利用できる状況であって、児童館施設の集会室は、本件児童センターの二階にあり、主に児童の遊戯に利用され、卓球台、跳び箱、セイフティーマット、トランポリン等の遊具が備え付けられており、利用者は幼児から中学生まで様々である。
そして、右集会室には、常時、二台のトランポリンが設置され、そのうち大きなトランポリン(本件トランポリン)は、高さが九〇センチメートル、フレーム周りの長辺が三・七メートル、短辺が二・二メートルであり、その周囲には幅一二〇センチメートル、長さ六メートル、厚さ約五センチメートルのスポンジ製マットと幅一五〇センチメートル、長さ三メートル、厚さ約五センチメートルのスポンジ製のマットとが一重に敷かれていた。
(二) 本件事故当時、本件児童センターの館長は志村勇司(以下「志村」という。)であった。そして、本件児童センターの集会室の指導員として配置されていたのは、平成八年四月一日に被告の非常勤職員として採用された小野瀬美香(以下「小野瀬指導員」という。)と田中仁恵(以下「田中指導員」という。)の、いずれも二〇歳代前半の女性の二名であり、小野瀬指導員は大学の体育学部を卒業し、田中指導員は社会体育の専門学校を卒業している。
小野瀬指導員らは、集会室に配置される際に、集会室の遊具の取り扱い方、指導員の児童に対する関わり方等一般的な事項について研修を受けた。そして、指導員は、集会室の出入口に近い位置に事務用の机と椅子を置き、遊具の貸出などをするとともに、集会室内を巡回して、その時々の児童の遊戯の状況に応じて、卓球等の相手が必要な遊戯の相手になったり、他人に迷惑をかけ、危険を伴う児童の行為については注意を与え、指導することになっていた。もっとも、集会室では、常に二名の指導員が指導に当るわけではなく、木曜日と土曜日は田中指導員一名で指導に当たるに過ぎず、また、二名の指導員がともに集会室から出て、両名とも指導に当たらないときもあった。
(三) トランポリンは、身体の主要な部分を使って、極めて大きな弾力を規則的に、連続的に発生することができ、調整力の養成に効果的な遊具である。トランポリン運動の指導者としては、利用者にまず、トランポリンに上るときはフレームに体重をかけながら、片膝をかけてゆっくりと上り、降りるときはフレームを握りゆっくりと降りるなどのトランポリンへの上り方、降り方に始まる基礎種目を学ばせる必要がある。これは、トランポリンの製造者が作成した「トランポリン指導者のためのハンドブック」と題する手引書に記述があり、右手引書は集会室の備品となっていた。
そして、小野瀬指導員らは、右(二)の研修を受けた際、トランポリンについて、トランポリンで跳んでバランスを崩して落下し、近くにある冷暖房器具の角で大腿部をえぐる、トランポリンから反動をつけて降りて足を挫く、頭部を怪我するなどの事故があったことを伝えられ、遊び方の決まりを守らせるようにという指導を受け、トランポリンの遊び方について、「トランポリンのやくそく」と題するポスターを作成し、集会室の壁に掲示して、二人乗り、跳び降り、膝つきでない回転技を禁止するとともに、「ここからならぶ」というポスターをトランポリンの前に掲示して、トランポリンに上る位置を決めていたが、降り方についての注意書を掲示してはいなかった。また、小野瀬指導員らは、集会室に備え付けられている前記手引書を参考にして利用者に対し跳び方、降り方について格別の指導を行うことはなかった。本件トランポリンでは、中学生以上の生徒がトランポリンで跳んで回転する回転技等の禁止されている跳び方をしたり、多くの男子児童がトランポリンから降りる際、高く跳んで降りる、周囲にいる者の頭に手をついて降りるという降り方をしていた。小野瀬指導員らは、このような行為が行われていることを知っていたが、普段から常に注意を与えて指導するのではなく、右行為を目撃したときに注意するに過ぎなかった。
(四) 原告は、本件事故当時、小学校六年生(一二歳)の児童で、本件児童センターの集会室に一週間に一回の割合で遊びに行き、日頃は、卓球、マット、跳び箱で遊んでいた。トランポリンについては、その上に乗ること自体はあっても、跳んで遊ぶことはほとんどなく、トランポリンの上に寝ころび、降りるときはそのまま転んで降りていたが、指導員がトランポリンからの降り方を注意することがあるのは知っていた。
(五) 原告は、平成九年三月一一日、本件児童センターの集会室で、トランポリンで跳んで遊んでいたが、降りる際に一旦静止し、体を安定させるために、トランポリンの横にいた子供の頭に手を置いて、足をトランポリンのバネの上に置いて降りようとしたところ、相手に避けられて、体のバランスを崩し、マットの端まで跳んでしまい、マットを跳び越えて木製の床に落ち、右肘を床に突いた。原告は、右事故により、右上腕骨顆上骨折、右肘関節脱臼の傷害を負った。
なお、このとき集会室には小野瀬指導員はおらず、田中指導員のみがいたが、田中指導員は集会室の指導員の席に座り、トランポリンに注意を向けてはいなかった。
(六) 本件児童センターでは、本件事故の発生以前にも、右(三)の事故のみならず、中里匡志という児童がトランポリンから跳び降りたときに、マットからはみ出て、左手を木の床に突くという事故を起こしたことがあったにもかかわらず、被告は、トランポリンによる事故の発生を防ぐための具体的な指導方法について指導員に教授していなかったが、本件事故の発生後は、本件児童センターの指導員に対し、トランポリンの概要、指導方法、跳び方等が掲載された紙を配布し、また、本件児童センターでは、「ここからおりる」というトランポリンから降りる場所を明示したポスターと「おりかた 1 うごきをとめる 2 フレームをさわる 3 ゆっくりおりる」という降り方を示したポスターを本件トランポリンの前に掲示した。そして、本件児童センターは、平成一〇年七月から、利用者に対し、トランポリンでの禁止事項を指導するだけでなく、具体的な跳び方や、「ここからおりる」と明示された場所からフレームを触って座って降りるという降り方についての指導を、トランポリンテストとして開始した。
3 請求原因3(一)(国家賠償法二条に基づく責任)について
本件児童センター及びその集会室内に設置された本件トランポリンは、公の目的に供用される物的施設であるから、国家賠償法二条一項の「公の営造物」に当たる。
そこで、その設置又は管理に瑕疵があったかどうかを判断すると、右にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、その判断に当たっては、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等の事情を総合考慮して具体的に判断すべきものである。
ところで、体操、遊戯に使用される器具には、鉄棒等、一般に、当該器具の通常の用法に従って使用したとしても、なお、利用者の身体に傷害を生じさせる危険が皆無とはいえないものがあるところ、このような器具を利用した際に生じる事故すべてを防止するような管理を行うことは現実には困難といえ、当該器具の設置者としては、右器具の通常の用法から想定される事故の発生に対処するための相当な設備を用意すべきではあるが、このような設備を設けることにより、管理責任を尽くしたものというべきである。そうであるところ、トランポリンは、身体の主要な部分を使用して、大きな弾力を発生させることによって、調整力等を養成することを主な目的とした器具であるから、利用者が相当程度の高さまで跳躍することはその使用目的から十分想定されることであって、その設置者は、落下事故に対処するために必要な防護設備として、トランポリンの周辺にマットを設置するなどの用意をすることが必要であるが、この設備は、通常の利用法では想定しがたいような態様の落下事故までも防止できる程度のものであることまでは要しないと解するのが相当である。前記手引書には、マットに関する記述として「周囲にマットを敷く、最低前後は敷く」と記載しているのであるが(乙三)、その記載内容もマットの設置の必要性に関する右のような理解を前提とするものと考えられる。
これを本件トランポリンについてみると、前1(一)認定のとおり、右トランポリンの周囲には、幅一五〇センチメートルないし一二〇センチメートルのスポンジ製のマットが敷かれていたところ、通常のトランポリンの用法に従えば、仮に利用者が身体のバランスを崩して落下するような事態が生じたとしても右防護マットの範囲内に落下するものと判断することができ、右マットの設置により被告は相応の管理責任を尽くしていたものというべきである。本件では、原告がトランポリンの横にいた児童の頭に手を置いて降りようとしたところが、相手に避けられマットの端まで跳んでしまって、木製の床に肘をついたことによって事故が発生したのであるが、このような降り方と相手方がこれを避けるという事態から発生した本件事故がトランポリンの通常の用法からは想定しがたい落下事故であることは明らかであって、被告において、このような事態をも想定してマットの幅員を広げる等の措置を講じる必要があったとはいえない。
以上のとおりであるから、本件トランポリンの設置又は管理について瑕疵があったとは認められない。
4 請求原因3(二)(国家賠償法一条に基づく責任)について
(一) 国家賠償法一条一項の「公権力の行使」とは、権力作用に限らず、純粋な経済的作用を除く非権力的作用にも及ぶと解されるから、地方公共団体の設置する児童館施設における児童、生徒らに対する指導も、公権力の行使というべきである。
(二) 本件事故が起こった児童センターにおける活動は、小学校など正規の教育活動の一環として行われたものではないが、子供の教育は家庭、学校だけではなく、地域社会全体が担うべきものである。とすれば、児童に健全な遊びを与えてその健康を増進し、情操を豊かにするための児童センターは、地域社会における子供の教育の場の一つというべきであり、児童生徒の安全を保持する必要性は、小学校など正規の教育活動の一環として行われる活動と基本的に異なるところはないと考えられる。そして、小学校高学年の児童の中には、未だ精神的発達が不十分であるにもかかわらず、肉体的発達が著しく、好奇心旺盛のため、冒険心を持って危険な方法で遊具を使用する者が多く、たとえ指導員が事前に遊具を危険な方法で使用しないように注意を与えていたとしても、その指導に意図的に従わず、あるいは遊びに夢中になるうちにそのような注意を失念したり、危険性の認識を欠いたりすることが多いといえる。
したがって、本件児童センターの指導員らは、児童センターにおける活動から生ずる危険から児童、生徒の身体の安全に対し十分な配慮を行い、事故の発生を未然に防止する注意義務を負っているというべきである。特に、トランポリンについては、指導員は、上り方、降り方などの基礎種目を学ばせる必要があること及び本件事故以前にもトランポリンからの落下事故が発生していることは右2(三)、(六)で認定したとおりであるところ、トランポリンはその着地の際に重大な事故が発生する危険性のある遊具であるから、その指導に当たる指導員は、事故の発生を未然に防止するために利用に際しては立ち会って指導し、特に最低限初心者がトランポリンでの遊びを始めるにあたっては、必ず立会いの上トランポリンテストを実施してトランポリンの上り方、降り方などの基本的動作を教えるとともに、決められたルールを守らなかったり、降り方を間違えると重大な事故を招くなどの安全教育を徹底して行うべきであり、これが守れない場合には、トランポリンの使用を中止させるべきである。
なお、被告は、児童は遊戯を通じてそれから生じうる危険を予知し、回避する能力等を身に付けていくのであるから、指導員に常時立会義務はない旨主張するが、児童が遊びを通じて成長することと指導員が立会義務を負担することは全く別個の問題であり、指導員が事故の発生を予見しうる以上、事故の発生を防ぐために最も効果的な立会義務を負担しないでよいとするのは不合理であるから、被告の右主張は理由がない。
(三) これを本件についてみると、右2(二)、(三)で認定したとおり、小野瀬指導員らは体育系の学校を卒業する経歴を有し、遊具を使用しての児童の遊戯について基本的な素養を有していたとみられるところ、小野瀬指導員らはトランポリンが遊び方によっては危険性のある遊具であること及び実際にも重大事故が複数発生していることについて採用時に研修を受けて知っていたこと、トランポリン指導者のためのハンドブックが本件児童センターの集会室に本件事故以前から備え付けられ、小野瀬指導員らはそのことを知っており、その中には基礎種目についての指導への言及があったこと、集会室では、中学生以上の生徒がトランポリンで回転技等の跳び方をし、多くの男子児童がトランポリンから跳び降りをするなどの禁止された方法で遊んでおり、小野瀬指導員らはこのような行為が行われていることを知りつつ、常に注意して指導するのではなく、気が付いたときに注意するにすぎなかったことなどを考慮すれば、小野瀬指導員らには、本件事故発生について予見可能性があり、これを回避するため、原告に対し、トランポリンからの降り方を含めた適切な利用方法について指導すべき義務があったものと認められる。
にもかかわらず、小野瀬指導員らは、原告に対し、トランポリンの利用について適切な指導を行わないまま、本件トランポリンの利用をさせたのみならず、本件事故当時、小野瀬指導員は集会室を離れ、田中指導員は集会室の指導員席に座ってトランポリンに何ら注意を向けていなかったのであるから、原告に対する右の注意義務を怠った過失があるというべきである。
(四) したがって、本件事故は、小野瀬指導員らの過失により発生したのであるから、被告は、原告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、後記損害を賠償する責任がある。
三 請求原因4(原告の治療経過)について
証拠(甲一、二、一五、一七、一八、原告法定代理人本人)によれば、原告は、前記認定のとおり、本件事故により、右上腕骨顆上骨折、右肘関節脱臼の傷害を負い、請求原因4のとおり、森山病院、都立墨東病院で治療を受けたことが認められる。
四 損害について
1 入院雑費 一万一七〇〇円
前記三に認定の事実によれば、原告は、本件事故により九日間入院したのであり、一日当たり一三〇〇円として合計一万一七〇〇円の入院雑費を要したものと認められる。
2 入院付添費 五万四〇〇〇円
前記一の争いのない事実、証拠(甲一八)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、右入院期間中、母親の付添看護を受けたこと及び原告は本件事故当時小学校六年生(一二歳)の児童であって、その年齢からして入院に際して母親の付き添いを要したことが認められる。そして、右付添費としては、一日当たり六〇〇〇円とするのが相当であり、入院期間の合計額は五万四〇〇〇円となる。
3 交通費 八○○○円
前記一の争いのない事実、前記三の認定事実、証拠(甲一八)及び弁論の全趣旨によれば、原告は手術後、母親に付き添われて都立墨東病院にバスで一〇日間通院したこと、原告は右肘部分に障害を負い、しかもその年齢からすると母親の付き添いを要したこと及びその片道のバス料金は二〇〇円であることが認められるから、原告とその母親の二名分の合計八○○○円の交通費を要したと認められる。
4 通院付添費 三万三〇〇〇円
前記三に認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は都立墨東病院に転院した日も含めて一一日間通院したこと及び右3のとおり原告の通院には母親の付き添いを要したことが認められる。そして、右付添費としては、一日当たり三〇〇〇円とするのが相当であり、合計額は三万三〇〇〇円となる。
5 入通院慰謝料 六〇万円
原告の傷害の内容、程度、入通院の期間、治療の内容等一切の事情を考慮すると、六〇万円の入通院慰謝料が相当と認められる。
6 逸失利益 一〇九一万五五四七円
(一) 証拠(甲一、二、原告、原告法定代理人各本人)によれば、原告は、前記三の治療にもかかわらず、手術後の右肘関節の変形により、伸展及び屈曲の可動域制限の後遺障害が残り、船堀駅前整形外科内科医師栗原稔により、平成一〇年三月一〇日症状固定、身体障害者福祉法別表六級相当に該当する障害との意見を得たこと、右後遺障害により、原告は、日常生活の基本動作は自立して行うことができるものの、食事の際肘をついてしまう、字や絵が書きづらい、卓球やバスケット、水泳などのスポーツができなくなったなどの不便を強いられていることが認められる。
(二) 以上の事実によれば、原告の後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令別表の第一二級六号に該当し、原告は、平成一〇年三月一〇日から将来にわたり労働能力を一四パーセント喪失したものと認められる。なお、原告は、右後遺障害は、同表第一二級八号にも該当し、併合により一等級繰り上げるのが相当である旨主張するが、仮に後者に該当するとしても、これは、右肘関節変形という一つの身体傷害を複数の観点で評価しているにすぎないのであって、原告の右主張は理由がない。
(三) 原告は、大学進学を予定しているとして、逸失利益算定の基礎となる平均賃金を算出するに際し、大卒男子の平均賃金を援用するが、原告が本件事故当時、大学進学を希望し、客観的にもそれが可能であったことを認めるに足りる的確な証拠はないから、大卒男子の平均賃金を逸失利益算定の基礎とすることはできない。なお、逸失利益算定の基準となる賃金センサスは、本件事故が発生した平成九年のそれによるのが相当であり、中間利息はライプニッツ方式によって控除することとする。
平成九年の賃金センサス(産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者・全年齢平均)によれば、原告の逸失利益算定の基礎となる年収は、五七五万〇八〇〇円である。そして、原告は本件事故発生時一二歳であり、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であったが、一二歳から六七歳までの五五年に対応するライプニッツ係数は一八・六三三四、一二歳から一八歳までの六年に対応するライプニッツ係数は五・〇七五六であるから、原告に適用するライプニッツ係数は一三・五五七八である。したがって、その逸失利益は、五七五万〇八〇〇円×〇・一四×一三・五五七八で、一〇九一万五五四七円となる(円未満切捨て)。
7 後遺症慰謝料 三〇〇万円
原告の受けた傷害の内容、治療経過、現在の後遺障害の程度等を考慮すると、三〇〇万円の後遺症慰謝料が相当と認められる。
8 右1ないし7の損害額の合計は、一四六二万二二四七円である。
9 過失相殺
被告は、原告には安易に児童の頭に手をかけてトランポリンから降りようとした過失がある旨主張するので、以下検討する。
前記一の争いのない事実、前記二2(四)の認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、小学校六年生(一二歳)で、中学校に入学する直前であり、年齢相応に通常の理解力があったこと、指導員がトランポリンからの降り方について注意することがあるのは知っていたことが認められる。とするならば、原告は、トランポリンからの降り方によっては危険な結果が生じかねないことについて認識する能力は有しており、また認識し得たものと認められる。したがって、原告は、トランポリンからより安全に降りることが可能であり、安全に降りるように注意して本件事故を回避すべきであったにもかかわらず、トランポリンの横にいた児童の頭に手を置いてトランポリンから降りようとしたために体のバランスを崩し、本件事故に至ったのであるから、この点において、原告には本件事故発生につき過失があったといわざるを得ない。
したがって、前記二4で認定した小野瀬指導員らの過失、右の原告の過失及びその他本件に表れた一切の事情を考慮すれば、原告に生じた損害額の算定に当たっては、前記三の原告の損害額から四割を過失相殺として控除するのが相当であり、かかる過失相殺により、原告の損害は八七七万三三四八円となる。
10 弁護士費用
原告が本件訴訟の追行を原告代理人に委任したことは、弁論の全趣旨から明らかであり、本件事案の性質、審理経過、損害の程度等の事情を考慮すれば、本件事故と相当因果関係の認められる弁護士費用は一〇〇万円と認めるのが相当である。
11 まとめ
以上によれば、本件事故により原告が被った損害額は九七七万三三四八円となる。
五 結論
よって、原告の本訴請求のうち、主位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求については、被告に対し、金九七七万三三四八円及びこれに対する本件事故の発生した日である平成九年三月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小磯武男 裁判官 太田晃詳 裁判官 國屋昭子)